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ロシアの詩人 映画ひまわり

イタリアへ帰国したジョヴァンナは、一時、荒れます。 部屋のなかに飾っていたアントニオの写真をすべて処分すると、いろんな男たちと遊び始めました。 それを見たアントニオの母は、なにごとかと怒ります。 詰め寄るアントニオの母に、ジョヴァンナはアントニオが生きていたことを告げました。 母は喜びますが、高齢なのでそうそう用意にロシアへ行くことができません。 ジョヴァンナと再会し、ジョヴァンナの記憶を取り戻したアントニオは、その後、ふさぎがちになっていました。 記憶を失っていたとはいえ、ジョヴァンナに長年ひどいことをしていたと、気づいたからです。 アントニオとマーシャは新築の高層アパートに引っ越しをし、便利な暮らしをします。 ある日、見かねたマーシャがアントニオに、イタリア行きを勧めます。 アントニオは、老齢の母に会いに行くと言い、いっぽうでジョヴァンナにも決着をつけようと考えました。 毛皮を買い、イタリアへ行きます。 イタリアへ着いたアントニオは、ジョヴァンナと会おうとしました。しかしジョヴァンナは拒否します。 何度か催促をしたアントニオは、ジョヴァンナとの再会にこぎつけます。 会うとアントニオは、やはりジョヴァンナを愛していたころのことを思い出しました。 アントニオはジョヴァンナに、何もかも捨ててふたりで逃げようと提案します。 しかし. 1910年代に俳優としてイタリア映画界に入り、1940年の『赤い薔薇』で監督デビューしたヴィットリオ・デ・シーカ。 ファシスト体制時は正当に評価されなかったものの、第二次大戦後に発表した『靴みがき』(1946)『自転車泥棒』(1948)で、敗戦で荒廃したイタリア庶民の生活をリアルに描いた”イタリアン・ネオレアリズモ”を代表する監督として、世界的に知られることとなります。 やがて、イタリア国内が復興を遂げていくにつれ、映画も陽気なコメディやメロドラマが製作されるように。 デ・シーカもその流れに乗り、ソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニを迎えて製作したコメディ『昨日・今日・明日』(1963)『あゝ結婚』(1964)を連続ヒットさせます。 ローレンとマストロヤンニが共演し、デ・シーカも俳優として参加したコメディ『バストで勝負』(1955)で開花した、イタリア映画界のスーパートリオ。この3人が集大成的に放ったのが本作『ひまわり』です。 世界でも、とりわけ日本での人気が高い本作が、1970年の初公開から50年目にあたる年に、日本のイマジカにより、フィルムにあった細かい傷の修復、画像処理、ノイズの除去、さらに経年劣化に伴う色味調整を施したHDレストア版として公開となります。. 。 その話を聞いたジョヴァンナは、なぜ助けなかったのかと責めますが、それは無理な話でした。 やがて情勢が変化し、スターリンが亡くなります。 ロシアにも入れるようになり、ジョヴァンナは意を決して、ロシアに行くことにしました。 ロシアへ行ったジョヴァンナは、外務省をまず訪ねます。 通訳を雇ったジョヴァンナは、列車に乗り、えんえんと広がるひまわり畑を見ました。 ひまわり畑は壮大で、いつまでもつづいています。 イタリア兵とロシア人の捕虜が埋まっている慰霊碑を見たジョヴァンナは、アントニオをあきらめきれず、探し続けます。 アントニオの写真を持ち、人の多いサッカー競技場へ行ってみたり、アントニオが兵士と別れた場所付近で、聞き込んでみたりしました。 改札でイタリア人の男性と会ったジョヴァンナは、会ってみますが、別人でした。 やがてジョヴァンナは、イタリア人が住むという場所へ行ってみます。 そこには若い女性・マーシャがいました。 ロシアの詩人 映画ひまわり マーシャはジョヴァンナが示す写真を見ると、浮かない顔を浮かべます。 マーシャは、倒れたアントニオを助けて介抱し、そのまま一緒に暮らしていました。 アントニオは記憶を失っており、それが戦後、帰国しなかった理由でした。 マーシャはショックを受けますが、ジョヴァンナも同様でした。 ロシアの詩人 映画ひまわり やっと夫を見つけたと思ったら、アントニオは地元の女性と結婚し、幼い娘・カチューシャまでいたからです。 落胆したジョヴァンナは、そのままイタリアに帰国します。.

映画「ひまわり」のようにロシアの広大な大地に咲いていた、ひまわりに比べればささやかなものですが. ロシアでヒマワリ畑を見たい こんどロシアへ行きます。ロシアというイメージの一つは大平原に地平線まで続くくヒマワリ畑なんですが、ツアー旅行で見るのは期待できるでしょうか?モスクワと黄金の環、サンクトペテルブルグへ行きます。モスクワサンクトペテルブルグ間は列車です。お. 一番害があったのは映画館と交通機関だった。学校でも反種運動が行われていた。 sashka 90年代に は ひまわりの種のほかにタバコを一本ずつ売ってた。 Надежда 伝染病って言いすぎ なの では? 確かに昔からロシア人の大好物。. See full ロシアの詩人 list on hm-hm. 今日の日記は、映画『NINEナイン』(ロブ・マーシャル監督ダニエル・デイ=ルイス主演)に出演したソフィア・ローレンの代表作の一つ映画『ひまわり』(イタリア1970年カルロ・ポンティ製作:ヴィットリオ・デ・シーカ監督主演マルチェロ・マストロヤンニ共演リュドミラ・サベーリエワ. ひまわり(1970)の作品情報。上映スケジュール、映画レビュー、予告動画。ソフィア・ローレン、マルチェロ・マストロヤンニというイタリアの.

「ひまわり( I Girasoli /Sunflower)」1970年イタリア映画(Italy film,1970)テーマ音楽:ヘンリー・マンシーニ(Music: Love theme from Sunflower by Henry Mancini. See full list on classic. ひまわり (1970年の映画)とは?goo Wikipedia (ウィキペディア) 。出典:Wikipedia(ウィキペディア)フリー百科事典。. 映画では、建物の氷山の一角が映っていたのだ。 さて、この地下鉄で移動していきます。. 年4月25日(土) 12:30~ スター・チャンネル クラッシックで録画鑑賞。 いまさら紹介するまでもない映画ですが、今回録画したのを機会にエントリーを立ててみました。 戦争によって引き裂かれた男女の運命を描いた名作。 今でも有線などでヘンリー・マンシーニのテーマ曲を耳にするたびに、条件反射的に涙腺が刺激される方も多いのではないでしょうか。 ヴィットリオ・デ・シーカ監督の中では晩年に近い作品ですが、その力おとろえること全くなく、哀切きわまりないドラマを情緒たっぷりに描き出しています。 メロドラマとして優れているが故に、反戦映画としても抜きんでているこの映画。 国境や時代を越え、多くの人々に深い感銘を与えてくれる不朽の名作と言えましょう。 キャストはデ・シーカの『昨日・今日・明日』や『ああ結婚』で楽しませてくれたソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニ。 冒頭のふたりの息のあったアツアツぶりは、物語の悲劇性をより深めるとともに、はるばるソ連まで夫を捜し求める妻の情の深さや意志の強さに観客が自然に感情移入していける流れをうまく作っています。 ソフィア・ローレンはデ・シーカの作品ではこの後遺作『旅路』にも出ていますが、この『ひまわり』での大熱演はひときわ強烈な印象を残します。 彼女にとっても監督にとっても代表作の1本と言って間違いないでしょう。 またソ連側俳優のリュドミラ・サヴェーリエワ(Lyudmila Savelyeva キリル文字では Людмила Савельева) の好演も見逃せません 。 ふたりのヒロインは性格の上では対照的に見えますが、ジョヴァンナと対峙する場面や、夫をひとりイタリアに送り出すところなど、秘めたる思いをうまくにじませて、これもまた観客の涙を誘います。 ロケ地的な観点から言えば、当時としては画期的な旧ソ連邦内のロケを敢行した作品です。 モスクワ市内など現地のリアルな映像によって映画にさらなる説得力がもたらされています。 ソ連側の良いところしか映されていないという意地悪な指摘もあるかもしれませんが、まずは困難を極めたであろう交渉ごとをクリアし、撮影を実現させた関係者に素直に敬意を表したいと思います。 ※追記(/1) /1/11(火)にNHK BShiで放送。 スター・チャンネル クラッシック版より若干解像度. 。 ロシアの詩人 映画ひまわり (回想シーン終わり) 戦争が終わりました。 ジョヴァンナは夫の帰りを、心待ちにしています。 ところが待てど暮らせど、アントニオは戻ってきませんでした。 ジョヴァンナは何年も待ち、髪の毛に白いものが混じり始めます。 何年も待ちわびたジョヴァンナは、やがてロシア戦線から戻ってきた、アントニオを知る兵士を見つけました。 その兵士は、「ドン河では生きていた」とジョヴァンナに言いますが、詳細を語ろうとしませんでした。 ジョヴァンナは兵士にせがみ、無理に聞き出します。. 。 (ここからしばらく過去の回想シーン).

ジョヴァンナにも、赤ん坊が生まれていました。 ジョヴァンナはそれを告げ、「子どもを犠牲にはできない」と言います。 ジョヴァンナはわが子に、アントニオという名前をつけていました。 それを聞いたアントニオは、長い年月のあいだに、ふたりの人生はもう軌道修正できないほど変わってしまったのだと気づきます。 毛皮をプレゼントし、ジョヴァンナを抱きしめたアントニオは、列車で去っていきました。 見送ったジョヴァンナは、涙を流します. この通り、映画『ひまわり』に登場した駅だ。 ヤロスラヴスキー駅とレニングラーツキー駅。 Komsomolskaya Square, 3, Moskva, ロシア 107140. ロシアの詩人 映画ひまわり 古代ギリシアの詩人ホメロスによる「オデュッセイア」の映画化、ロシアのf・ボンダルチュクが監督へ 年7月6日 18時03分 大作のメガホンを取る!. See full list on cinemarche. 1924年オハイオ州クリーブランド生まれ、1994年没。イタリア系アメリカ人として生まれたマンシーニは父親の影響で幼少よりフルートとピッコロの教育を受ける。ジュリアード音楽院に進むかたわらグレン・ミラー楽団のピアニスト兼アレンジャーとして参加する。1951年からハリウッドで働き始め、ユニバーサル映画の音楽担当として作曲や指揮を担当するようになる。同じユニバーサル映画で助監督をしていたブレイク・エドワーズのTVシリーズ「ピーター・ガン」の音楽を担当。これがきっかけで、後に『ティファニーで朝食を』『ピンク・パンサー』シリーズなどの名コンビにつながっていく。 『ティファニーで朝食を』(ムーン・リバー)では1961年のアカデミー主題歌賞と歌曲賞をダブル受賞。翌年の『酒とバラの日々』の主題歌もアカデミー賞歌曲賞を受賞、1982年に公開された『ビクター/ビクトリア』でも編曲・歌曲賞を受賞。. 第二次世界大戦下のイタリア・ナポリ。陽気な性格のアントニオは、情熱的な性格の女性ジョバンナと恋に落ちます。 徴兵され、戦地に赴くことになっていたアントニオは、結婚すれば12日間の休暇が取れると知り、すぐさま式を挙げます。 夢のような新婚旅行を瞬く間に終えてしまった2人は、どうしても離れがたく、アントニオが精神病であると偽り、兵役を逃れる策に。 でも、その嘘がバレてまったことで、アントニオは極寒のソ連戦線に送られてしまいます。 数年経ち、終戦を迎えるも、アントニオは帰還しません。やがて彼が行方不明になったと知らされるジョバンナですが、必ず生きていると信じるあまり、ついに単身ソ連へ向かいます。 アントニオの写真一枚を手に、ひたすら探し続けるジョバンナは、やがて、モスクワ郊外の住宅地で少女のように可憐なロシア人女性マーシャと出会います。 写真を見て動揺するマーシャは、瀕死の状態だったアントニオを救い、後に彼と結婚して子どもをもうけていたのです。 傷心のジョバンナは、追い求めていたアントニオを目にした途端、衝動的に1人イタリアへと帰国。 それから空虚な日々を送るジョバンナの前に、一人の男が姿を現します. となぜか当時のソビエト連邦地域しか書かれていませんが、もちろんイタリアでも撮影されています。 ※12/6/6追記 今見たら、イタリアの地名も記されていました。これを見落としたとは思えないので、おそらくその後追記されたものと思います。 (追記終わり) 当時のソ連邦地域については、モスクワ市内ならある程度ネットで資料があるでしょうけど、ウクライナとなるとお手上げでどう調べたら良いのか見当もつきません。 ただ、こういったサイトがありました。 今回はあまり役立ちませんでしたが、ウクライナ国内のロケ場所を判定するのに今後利用できるかもしれません。 Uklaine Film Office ua/ 以下例によって順番に見ていきますが、この名作一度はご覧になっているだろうという前提で書いていきますので、ネタばれにはご注意ください。. アントニオもそれを理解していました。 倒れた人たちは戦線離脱して、死を意味します。 兵士は、目でアントニオに別れを告げたのが、最後でした.

と少し構えたのですが、2人の馴れ初めのシーンは. 最後に、劇中に出てくるロシアの詩人スエトロフによって書かれた墓碑句を。 「ナポリの息子よ。なぜ君はロシアの野へ来たのか。故郷の湾に飽きたのか。ラホストークで君はベスビオの山を想っていた」。観るべき映画だ。 ひまわり (1970年の映画) - イタリア・フランス・ソ連合作の映画。 ひまわり (年の映画) - 日本映画。 ひまわり (年の映画) - 韓国映画。 ひまわり〜沖縄は忘れない あの日の空を〜 - 年の日本映画; you達happy映画版 ひまわり - 年の日本映画. 私がその群立する姿に圧倒されたのは映画「ひまわり」だった。 ロシアのヒマワリは国花でもある。 ロシアの詩人 映画ひまわり 茎は直立し、葉は互生する単葉で、頭状花序は舌状花と筒状花からなり、周辺部にある舌状花は黄色だが、品種によって橙色、赤褐色、クリーム色、複色.

1970年/イタリア/カラー/107分/ビスタサイズ/モノラル 監督:ヴィットリオ・デ・シーカ 製作:カルロ・ポンティ 撮影:ジュゼッペ・ロトゥンノ 音楽:ヘンリー・マンシーニ 出演:ソフィア・ローレン、マルチェロ・マストロヤンニ、リュドミラ・サベリーエワ 提供:メダリオンメディア 配給:アンプラグド. com 大好きな映画なので、うれしかった。 結婚した. 。. そもそも映画 ひまわり とは? 広大な「ひまわり畑」が印象的な、男と女の距離の映画である。戦争から帰ってこない夫を探す為、ロシアを訪れる女。そして・・・というお話。 イタリア映画であるが、当時としては珍しいロシアでの撮影が話題になった。.

ロシア連邦と隣接するウクライナは、年に世界一ひまわりの種の生産量が多い国となりました。それまで1位だった広大なロシアを追い抜き、トップに立ったのです。そもそも、北方の寒い国でこれほどの大量のひまわりが生産されているのはなぜでしょうか。それは、ロシア・ウクライナの. アントニオが刃物を持って暴れ始め、ジョヴァンナが殺されかけた芝居を、衆人環視のもとでおこないます。 しかし詐病がばれてしまいました。 ロシアの詩人 映画ひまわり 罰として、アントニオはロシア戦線へ行けと、命ぜられます。 こうしてアントニオは、最も過酷だとされるロシアへの列車に乗り込みました。 心配するジョヴァンナに「毛皮を土産に、すぐ帰ってくる」とアントニオは言います. See full list on inagara.

映画編 「ひまわり」 第2次世界大戦時に引き裂かれた悲運の愛を描いたこの映画をご覧になった方は多いのではないでしょうか? 実はこの広大なひまわり畑は,ウクライナで撮影されたものなのです。. 1970年公開のイタリア映画『ひまわり』は、第二次世界対戦下の悲恋の物語。 目力がとても強い女性・ジョバンナが、役所に夫のアントニオが行方不明と言われて怒鳴り散らすシーンから始まるので、過酷な戦争の物語だ. (C)1970 – COMPAGNIA CINEMATOGRAFICA CHAMPION(IT) – FILMS CONCORDIA(FR) – SURF FILM SRL, ALL RIGHTS RESERVED. なお、映画『ひまわり 50周年HDレストア版』の公開を記念して、デ・シーカ監督のパーソナルな面に迫った日本未公開のドキュメンタリー映画『ヴィットリオ・D』のDVDが、劇場入場者先着1,000名にプレゼントされます。 ソフィア・ローレン、クリント・イーストウッド、ウディ・アレン、ケン・ローチといった著名な映画人たちがデ・シーカの功績について語りつつ、デ・シーカ作品の名場面や貴重映像が満載となっています。 「偉大」「特別な人物」「ナポリの劇場のような大きな存在」「優れた調教師」. 最安価格: ¥2,509 「リュドミラ・サベリーエワ」の関連dvd・ブルーレイ情報をもっと見る. ひまわり 50周年hdレストア版の監督(ヴィットリオ・デ・シーカ)、俳優(ソフィア・ローレン,マルチェロ・マストロヤンニ,リュドミラ・サベー.

映画ファン納得の、名作から話題作まで! bsプレミアムで、これから放送される映画情報をお届けします。. 第二次世界大戦後。イタリア。 映画ひまわり 1942年から44年のあいだに起きた、ロシア戦線への出征で、行方不明になっている夫アントニオ・ガルビアーティの消息を知ろうと、妻のジョヴァンナは関係省庁へ日参しています。 映画ひまわり ジョヴァンナは、老齢の義母に対して「ロシア中を歩いてでも、探し出します」と言います. 『ヴィットリオ・D』で、デ・シーカを称える言葉は十人十色です。 15歳の頃からデ・シーカに自らを売り込み、『昨日・今日・明日』でメインキャストに初起用されて以降、国際的名声を得ていくマルチェロ・マストロヤンニは、自伝でこう振り返ります。 マエストロが手がけた珠玉の一作『ひまわり』と、マエストロの魅力が詰まった『ヴィットリオ・D』を、この機会にぜひ。 映画『ひまわり 50周年HDレストア版』は、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて近日公開。. 【日本公開】 1970年(イタリア映画) ※50周年HDレストア版は年公開 【原題】 I Girasoli 【監督・脚本】 ヴィットリオ・デ・シーカ 【製作】 カルロ・ポンティ 【撮影】 ジュゼッペ・ロトゥンノ 【音楽】 ヘンリー・マンシーニ 【キャスト】 ソフィア・ローレン、マルチェロ・マストロヤンニ、リュドミラ・サベーリエワ 【作品概要】 ヴィットリオ・デ・シーカ監督、ソフィア・ローレン、マルチェロ・マストロヤンニ主演による、1970年製作のイタリア映画。 第二次世界大戦で引き裂かれた男女の悲しい愛を描いたこの作品は、映画史上初めて、外国映画が旧ソ連のウクライナで撮影を敢行したことも話題になりました。 日本では1970年の洋画興行ランキング5位を記録するヒットとなり、以来何度もリバイバル公開されるなど、長らく親しまれてきました。 初公開から50周年にあたる年に、最新技術を駆使して修正を施したHDレストア版が公開となります。. . .

1934年生まれ、イタリア・ローマ出身。イタリアを代表するだけでなく、『黒い蘭』(1958年)で、ベネチア映画祭女優賞を受賞、『ふたりの女』(1961年度)でアカデミー賞主演女優賞や英国アカデミー主演女優賞を受賞するなど、世界各国で長年にわたり活躍を遂げている20世紀を代表する国際的女優。 50年代のデビュー当時は、グラマラスな肢体を生かしたセックスシンボル的な役が多かったが、55年『河の女』あたりから世界的にも名前が知られるようになり、57年にはハリウッドでもデビュー。演技力が評価されて以後は、喜びも悲しみも幅広く演じ分け、数々の名作に出演し、イタリアの太陽と言われるほどの存在になり男女問わず人気が高い。 日本のファンも多く、彼女自身も親日家としても知られ、最近では、年に「世界文化賞演劇映像部門」での受賞で4度目の来日をしたことは記憶に新しい。. ひまわりdvd 発売日:年12月2日. 1901年イタリアフロジノーネ生まれ、1974年没。幼少より演劇好きで舞台や映画などに出演し、俳優として活躍。1940年に映画監督としてデビューした。 第二次大戦後、ネオリアリズモの代表作となる『靴みがき』や『自転車泥棒』などを発表し、イタリアを代表する監督となる。『終着駅』『ふたりの女』をはじめ、ローレン、マストロヤンニと組んだ『あゝ結婚』『昨日・今日・明日』で優れた演出をみせた。多くの喜劇やドラマなど一貫して愛をテーマにした作品を送り出した。1951年『ミラノの奇跡』でカンヌ国際映画祭グランプリ、1971年の『悲しみの青春』でベルリン映画祭金熊賞を受賞するなど各映画祭で多数受賞。. IMDbでは. 『ひまわり』(原題(イタリア語): I Girasoli )は、マルチェロ・マストロヤンニとソフィア・ローレンが主演した、1970年公開のイタリア・フランス・ソビエト連邦の合作映画。日本での公開は1970年9月12日。. ソフィア・ローレン演じるジョバンナは、人目を惹く美貌を持つ女性。 性格も情熱的でバイタリティにあふれており、夫アントニオを戦地に行かせたくないばかりに、狂言芝居を打ったりもします。 さらに、行方不明となったアントニオの生存を信じて、ロシア語も分からないのに単身でソ連に向かうたくましさも。 その姿はまさしく、本作タイトルでもある花の「ひまわり」のようでもあります。 (C)1970 – COMPAGNIA CINEMATOGRAFICA CHAMPION(IT) – FILMS CONCORDIA(FR) – SURF FILM SRL, ALL RIGHTS RESERVED. 曲を聞いただけでひまわり畑の中のソフィア・ローレンを思い出す。過去何度となく見た映画だが全く. ネオレアリズモの名匠ヴィットリオ・デ・シーカ監督による不朽の名作『ひまわり』が『ひまわり 50周年hdレストア版』として、年近日.

かたや、リュドミラ・サベーリエワ演じるロシア人のマーシャは、可憐で繊細な雰囲気を持つ、一見はジョバンナとは正反対な女性です。 しかし、雪原で瀕死状態のアントニオをたった一人で救い出した上に、ジョバンナとの再会で心が揺れる彼の背中を押すかのように、イタリア行きを勧めます。 芯が強くて気丈さを持ち合わせているという点では、マーシャもやはり「ひまわり」。 花言葉である「あなただけを見つめる」を体現するかのように、2人の女性は、1人の男を見つめます。 そして何よりも、「ひまわり」はロシアの国花です。にもかかわらず、本作では、悲しい歴史を土台に咲いていることが明らかとなります。 劇中を彩るさまざまな「ひまわり」が、時代を超えて観る者の心を揺さぶることでしょう。 (C)1970 – COMPAGNIA CINEMATOGRAFICA CHAMPION(IT) – ロシアの詩人 映画ひまわり FILMS CONCORDIA(FR) – SURF FILM SRL, ALL RIGHTS ロシアの詩人 映画ひまわり RESERVED. アントニオとジョヴァンナは、知り合ってすぐに愛し合うようになっていました。 アントニオはアフリカ行きが決まっている兵士で、ナポリにいるジョヴァンナと愛し合うようになっていました。 浜辺で愛を語り合ったアントニオは、誤ってジョヴァンナの耳飾りを呑み込んでしまいます。 アントニオは笑い、代わりの耳飾りをプレゼントしました。 アントニオは、2日後の船でアフリカへ行くことが決まっていました。 結婚をすると、兵士には12日間の休暇が与えられます。 それをジョヴァンナは告げ、アントニオと結婚しました。 新婚生活を始めたアントニオは、自分の祖父が結婚の翌朝、24個の卵を食べたと言い、大きなオムレツを作ります。 アントニオとジョヴァンナの2人で食べますが、食べきれませんでした。 しばらく卵を見たくないと言いますが、アントニオの母親が窓の外に、卵を置いています。 窓の外に卵を置いて去っているのは、急なアントニオの結婚に、母親が賛成していないことを意味していました。 アントニオの母とジョヴァンナは不仲ですが、若いジョヴァンナはそれでもいいと思います。 12日の休暇は、あっという間に過ぎてしまいました。 離れたくないアントニオとジョヴァンナは、ある計画を立てます。 それは、「アントニオが精神的に参ってしまった」というものです。精神疾患による除隊を狙ったのでした。. そして執念の末にようやく (映画時間的には割とあっさり見つけた印象だけど) 見つけた夫だったが、彼には若いロシア人妻がいて幸せに暮らしていた上に、すでに娘までもうけていた。当然大ショックを受けるローレンだが、その経緯には一応納得は. ヴィットリオ・デ・シーカ監督の名作映画、『ひまわり』。 公開からちょうど50年、レストア版が再公開されています。「その PR を兼ねて映画に出てくるオムレツを、作ってくれないか」という素敵な依頼をいただいたんですよ。 himawari-. 。. 作品序盤、アントニオがジョバンナのイヤリングを飲み込んで大慌てするシーンや、新婚旅行で巨大オムレツを作って食べるシーンといった、陽気でユーモアなやり取りは、スーパートリオによる過去作『昨日・今日・明日』や『あゝ結婚』を思わせます。 しかしながら、アントニオがソ連に出兵していく中盤以降は、デ・シーカの源流とも言えるネオレアリズモな展開へと、作品のトーンが変わっていきます。 あんなにも楽しく、熱烈に愛し合っていたのに、戦争によって引き裂かれてしまう2人。 そんな彼らの哀愁を誘うのが、『ティファニーで朝食を』(1961)や「ピンク・パンサー」シリーズ(1963~93)のテーマ曲を手がけた、ヘンリー・マンシーニのメロディです。 本作自体を観ていなくても、どこかで一度は耳にしたことがある方もいるのではないでしょうか。 デ・シーカはこの後も、『悲しみの青春』(1970)や『旅路』(1974)といった映画史に残る作品を発表していきますが、本作は、彼のキャリアの到達点と言っても過言ではありません。.